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東大教授と問う気候変動時代の社会インフラ考。示すべきは義務感を超えた「未来のありたい姿」

気候変動の影響で記録的な猛暑や豪雨が珍しくなくなるなかで、社会インフラのあり方が根本から問われている。気候変動研究の第一人者である江守正多とパシフィックコンサルタンツの梶井公美子が、未来のレジリエントな社会構築について語り合った。

著者近影

江守正多(以下、江守):気候変動に対する世界の認識と対応は、この30年余りで大きく変化してきました。

1992年の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)採択から始まった気候変動対応は、アメリカの政権交代等による浮き沈みがありました。

日本でもアル・ゴア元米副大統領に密着したドキュメンタリー映画『不都合な真実』をきっかけに2007年ごろに一度関心が高まりましたが、08年のリーマンショック、そして11年の東日本大震災・福島第一原発事故で気候変動対応どころではなくなった時期もありました。しかし、振り返ればこの間ずっと、気候変動は厳然としてメガトレンドとしてあり続けています。

梶井公美子(以下、梶井):私たちの実務においても、IPCC第4次評価報告書が出た07年ごろから、気候変動の影響を企業や市民に「わが事」としてとらえてもらえるように、科学的知見に立脚しつつわかりやすく伝える努力を続けてきました。

特に大きな転機となったのは20年の菅義偉首相(当時)による、産業構造や経済社会の変革を謳った「2050年カーボンニュ ートラル宣言」です。それまでは行政主導の世界というイメージが強かった気候変動対応でしたが、これを境に民間企業の「目の色が変わった」という実感があります。

江守:菅総理の宣言後は明らかにフェーズが変わりましたね。この背景には、企業へのプレッシャーが強まったことと同時に、科学的知見の深まりや技術革新が進んだこともあるといえます。太陽光発電や風力発電、バッテリー技術が進展し、驚くほど安価になり、化石燃料を代替する技術的・経済的見通しが立ってきました。

江守正多近影
えもり・せいた◎東京大学未来ビジョン研究センター教授。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年に国立環境研究所に入所。同研究所気候変動リスク評価研究室長などを経て、2022年より現職。

高まり続ける気候リスク。その先にある"最悪のシナリオ"

江守:近年観測されている極端な気象は、確実に気候変動と関係しています。記録的な猛暑は、暑夏の気圧配置パターンに温暖化によるベースアップが加わることで起きていることは明らかです。大雨についても、気温上昇により大気中の水蒸気が増え、強い低気圧が来たときにはこれまで経験したことがなかったような激しい雨が降るようになってきています。

梶井:実際のインフラ設計においても、将来の降雨量増加や海面上昇を考慮した計画づくりが当たり前になってきました。

ただし、日本においては人口減少や都市集中などさまざまな複合課題にも直面しているため、もうハードだけでは対応しきれない。ソフト面での対策との組み合わせが、必須といえます。

例えば河川の上下流の関係者が広く防災にかかわる「流域治水」の考え方が重視され、民間が洪水や土砂災害の予報業務に参入できるよう法改正が行われるなどの動きがあり、当社も関連サ ービスを提供しています。

江守:各所で対応が追いつかなくなりつつある今、気候変動が引き起こす可能性のある"最悪のシナリオ"が現実味を帯びてきているのではないかと思います。

気候変動の進行により途上国で深刻な被害が出て、難民が増え、それが先進国での移民排斥ポピュリズムを助長する一因になってしまう。気候変動対策に背を向ける政権が各国で誕生する。結果、世界的に温暖化対策が後退し、さらに気候変動が加速するという悪循環に陥る可能性があります。

気候変動対策は複合的な効果を狙え

江守:そんななかで、期待を寄せているのが企業の気候変動対策です。以前のCSR的な社会貢献的意識から、本業として対応すべき課題意識へと大きく変化してきているように感じます。金融がプレッシャーをかけ、サプライチェーンを通じて中小企業にまで影響が及んでいる。

ビジネス面で見ても、具体的なアクションの必要性が強まっているということだと思います。ただ気になるのは、CO2算定などの手法には詳しくなったものの、なぜ気候変動対策が必要なのかという根本的な理解が不足している企業が多そうなことです。

梶井:当社ではそうした根本的な理解を広げていくためにも、気候変動が社会に及ぼす影響の予測評価と、企業や自治体のCO2削減を支援する実務の両方を長年担ってきました。そのうえで、 3つの戦略を柱とするカーボンニュートラル戦略を展開しています。

まず「CNコンサルティングサービス」では、空港や港湾などインフラの脱炭素化を国の政策レベルから個別計画まで支援しています。

「エネルギービジネス」ではグループ会社のパシフィックパワーを主体として19社の自治体新電力会社を設立・運営し、利益の地域還元を実現。「技術開発」では、次世代エネルギーマネジメントやカーボンクレジット創出支援に取り組んでいる状況です。

梶井公美子近影
かじい・くみこ◎パシフィックコンサルタンツ技師長兼ESGサステナブルスマートシティ統括プロジェクトマネージャー。環境・エネルギー分野を専門とし、環境省での気候変動影響評価報告書のとりまとめ支援等、国や自治体などの環境・温暖化政策等の策定支援に従事。

江守:耐用年数を考えると、これからつくるインフラが気候変動対策を意識したものになるかどうかは、非常に重要な意思決定ですよね。そこに気候変動対策の専門知識をもつコンサルタントがかかわることの意義は計り知れません。

先に梶井さんもおっしゃっていた通り、気候変動は単独の課題ではなく、人口減少や資源制約などほかの社会課題と複雑に絡み合っているため、企業やステークホルダーがそれぞれに優先すべきものが違うとなかなか進みません。

梶井:実際、CO2削減だけを目標に掲げても、対策が動かないことは多いです。だからこそ、クライアントがどこにいちばんの課題をもっているのかを丁寧に聞き、合わせて気候変動対策の提案を行うなど試行錯誤しています。

例えば北海道鹿追町のマイクログリッド事例では、最初は「遊休地の活用」と「エネルギー費用削減」という課題から始まりました。そこに太陽光と蓄電池、自営線を組み合わせることで、年間1,000万円以上のコスト削減、災害時の自立運転、CO2削減という複合的な効果を実現させています。

江守:まさにそれが重要ですね。ステークホルダー間の合意形成においても、従来の利害調整ではなく、未来志向の視点が必要だと思います。

梶井:インフラ分野も同様で、橋など構造物を例に取ると、セメントや鉄といった建設資材製造段階でのCO2排出が多いため、既存のインフラを長持ちさせる予防保全型の維持管理が長い目で見て経済性とCO2削減の両方実現できる可能性があります。こうした複合的な効果を定量化して説明することで、決して非合理な提案ではないことも示せます。

建設業界は常に数十年先を見据えて仕事をしなくてはならない業界だと思うんです。私たちは「未来のありたい姿」を示しつつ、それがほかの課題解決にもつながることを丁寧に説明していく必要がある。気候変動の怖さだけでなく、対策によって実現できる社会のビジョンを共有することが重要だと考えています。

江守:世界で協力して気候変動を止めていくという合意の再構築が必要です。日本だけ、ある企業だけが脱炭素しても解決しない問題だからこそ、そうしたナラティブの共有が重要になりますよね。

梶井:新しいビジネスモデルをつくるためには、これまで組んだことのない企業とのパートナーシップが必須です。過度に失敗を恐れずさまざまな試みを重ね、長期目線で取り組んできた企業が最終的に競争優位性を獲得できると確信しています。

Forbes JAPAN BrandVoice 2025年 7月 16日掲載記事より転載
text by Kenji Yoshinaga | photographs by Mizuak i Wakahara | edited by Miki Chigira

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